情報システム
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2000, Feb. 20th, updated



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”素人,素朴,初心者”と”偏見のなさ”とはどう違うか?.-どんな優れた問いが,答えに勝るのか?-


1999年11月25日(木)....<補講2>情報工学科  山口研究室  山口 智浩 
講義ノート(大杉 直樹君)の意見に対する返答 <目次> (1) ”素朴さ”と”偏見のなさ”,との違い.-専門家の常識の盲点- (2) ”アホバカ分布考”講義の補足 なぜ,”アホ”には,13重もの異なる方言があるのか? なぜ,既存の言語学者は,”アホ”という言葉に気がつかなかったのか? (3) 専門知識の偏りの盲点の発見が,優れた問い(や新たな理論)を生む ------------------------------------------------------------------------ Subject: Re: クラス・ノートの提出 From: Tomohiro Yamaguchi Date: Thu, 25 Nov 1999 16:01:23 +0900 山口です.ノートだけでなく,君の意見を書いてくれてありがとう. 但し,このノートは君専用ではないので,講義で私が説明した内容 と,君の意見,考えの部分とを分けて書いてくれた方がありがたい. (1) ”素朴さ”と”偏見のなさ”,との違い.-専門家の常識の盲点- From: "Naoki Ohsugi" Date: Thu, 25 Nov 1999 13:46:07 +0900 > 情報システム クラス・ノート 電子情報工学専攻 4番 大杉 直樹 > 個人的な考えにより、「素人」、「初心者」、「素朴な」などの言葉が使われている > フレーズには変更を加えています。 この内容の講義に関して,研究している分野がありまして, そこでは,Novice (初心者) - Expert (専門家) といった用語が使 われています. さて, 素朴,を”偏見のない”に置き換えているようですが,違和感があ ります. 偏見のない,という意味ではなくて,専門家が常識として持つ知識 に制約されない(範囲での)発想,という言う意味で素朴と使いました. 理由は,素人が偏見のない発想をする訳ではないからです. 専門家なら通常は考えない,的外れな発想は,大半が価値のないも のだが,その中に,定説を覆すヒント,真実が隠されている. > 「素人」しか考え付かないような「俗的」で「素朴」な疑問も見逃さない人こそが > 「専門家」であって、そうでない人は「権威ある人」もしくは「過去に実績のあった > 人」とでも呼ぶべきですよね。学校やアカデミーはどうあれ、少なくとも僕らはそう 専門家の常識的/辞書的定義は,専門知識を持つ人,であって, 君の言う定義は,優れた?専門家?ですね. まあ,ウラの意味では,合っているようにも思いますが. 日本の文系の学問の世界は,工学系からは想像できないくらいすご いらしいですが,そんなところを強調したいわけではありません. > ただし、「知識は思考を制約する」という結論には少しだけ反対です。思考を節約す > るのは環境だと思います。研究室や一定の環境に閉じこもっているから、「俗的」な > 問題を無視してしまう事になるんだと思います。これはあくまで僕の実体験が根拠で 君のいうことはわかるが,ちょっと論理的には変です. 知識以外にも,思考を制約する条件は多くあります.君の言うとお り,環境もその一つ.しかしだからといって, 知識は思考を制約する,という命題が偽とは言えない. 話の展開から言うと,発想を制約するのが,定説=知識. 定説=知識があるので,日常の行動,思考について,大部分はいち いち悩んだ利,疑問を持ったりしなくて済む. でも,100年に一度とか,数十年に一度とか,その定説が更新さ れることが生じる. (2) ”アホバカ分布考”講義の補足 <ノートでの訂正+追加部分> > ===== 以下、クラス・ノート ===== すみません,日付を書いてください. > a.「アホ」という言葉は「バカ」に対し、京都を中心として13重の同心円で分布 > していた アホ」という意味を表す様々な言葉,方言は,京都を中心として13重の同心円で分布していた 最新の言葉は,関西地区のアホ,最古の言葉は,沖縄県 八重山地方の“フリムン” (“惚れ者”の意) 歴史上,アホを表す13種類の言葉が,京を 起点として次々とはやっては,すたれていったことを表している. アホ→ノクテー→アヤカリ→アンゴウ→バカ→アホウ→ウトイ→トロイ→タワケ→ボケ→ → … →フリムン 追加?なぜ,”アホ”には,13重もの異なる方言があるのか? アホというのは,隠語的使い方(要するに意味が世の中に広まって しまっては,価値が薄れること)がされるゆえ,言葉の変遷が強烈 であったから. 学問というのは,不変な真理,恒久の価値を持つものを対象とすべ き,という学問の(基本的)価値観に対する,盲点であった. > ⇒非専門家の(偏見のない)視点が専門家の(偏見に凝り固まった)盲点を突く 偏見のない→素朴な(=専門知識にとらわれない) 偏見に凝り固まった→専門知識にとらわれた, (3) 専門知識の偏りの盲点の発見が,優れた問い(や新たな理論)を生む 非専門家の(偏見のない)意見は,大半が専門家から見れば,的外 れなのですが,極まれに隠された真実を示唆していることもある. 程度に考えていた方がいいように思います. 専門家は,専門知識,という偏ってはいるがそれがゆえに価値のあ る知識,考え方をもっているから,意味があるのであって, 偏っていること自体を批判するのは,的外れに思います. 偏り方=専門知識の質が,問われるのであるが, 偏見というのは,善悪の価値判断を含みます.定説が覆ったことに 対して,後から判断を加えるのは,アンフェアに思います. (以下略) --------------- yamaguch



yamaguch@info.nara-k.ac.jp


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